消費者を欺く「ダークパターン」の実態と対策

インターネット上でのショッピングやサービスの利用が日常となった現代において、私たちのオンライン体験は時に、意図しない行動へと誘導される巧妙な仕掛けに満ちています。それが「ダークパターン」です。このデザイン手法は、ユーザーを欺き、不利益な判断をさせることを目的としており、その定義や対策が各国で議論されています。

ダークパターンとは

ダークパターンとは、ユーザーを騙し、人々の判断を誤らせるインターフェースのことで、プライバシー侵害や金銭的な問題を引き起こすことがあります。単に操作画面に限定されず、ユーザーに不誠実なサービスの仕組み全般を指すこともあります。たとえば、Facebookが二段階認証で入力させた電話番号をターゲット広告に利用した例もダークパターンの一種です。

この言葉は、2010年にUXデザイナーのハリー・ブリグナル氏によって提唱され、「DARK PATTERNS」(現「Deceptive Patterns」)というウェブサイトを通じて広まりました。ダークパターンの背景には、小売業における欺瞞的な商慣習(心理的価格設定など)、「ナッジ」(人を行動変容させるためのちょっとしたきっかけ)の商業的応用、そして市場シェア獲得のためにデータ分析と実験を繰り返す「グロースハック」といったトレンドが挙げられます。特に、ナッジの悪用は「スラッジ」と呼ばれ、ダークパターンはスラッジを商業的に展開したものと考えることができます。

企業がダークパターンを用いる主な目的は以下の3点です。

ユーザーにより多く消費させる:不必要なものや過剰な量を購入させたり、不必要な定期購入(サブスクリプション)をさせたり、退会を妨害したりします。

ユーザーからより多くの情報を引き出す:本来提供する必要のない個人情報まで企業が取得します。

サービスをより中毒性の高いものにする:ゲーミフィケーションなどの要素により、ユーザーにサービスを必要以上に使わせるように仕向けます。

ダークパターンによる被害

ダークパターンは、消費者に様々な不利益をもたらします。不必要な商品やサービスを購入させられたり、必要以上の量を消費させられたりすることがあります。

「初回限定のお試し」だと思って購入したら、気づかないうちに定期購入に申し込まれていたという事例が多発しています。最終的な支払いの段階で、予期せぬ追加料金(送料、手数料など)が突然表示される「隠れたコスト」も典型例です。

日本国内におけるダークパターンによる意図しない契約や購入の被害額は、年間で1兆円を超えると推定されており、最大で約1兆7000億円にのぼるという試算もあります。一人当たりの年間被害額は約33,000円と推計されています。

登録は簡単なのに、解約手続きが非常に煩雑で困難に設定されているケースが多数見られます。ディズニーパス、ウォール・ストリート・ジャーナル日本版、Amazonプライム、DAZN、Adobeのサブスクリプションサービスなどが問題視された事例として挙げられます。

解約の問い合わせが電話に限定され、なかなか電話が繋がらなかったり、たらい回しにされたり、オペレーターに引き止められたりすることで、ユーザーが諦めるように仕向けられます。

Amazonの事例

真っ先にダークパターンとして、皆さんが思いつくのはAmazonプライムかと思います。Amazonは、実際に消費者を欺く悪質な「ダークパターン」の使用に関して、複数の事例で問題視され、罰金や提訴の対象となっています。

代表的な事例と判例は以下の通りです。

ポーランド政府による約12億円の罰金 (2024年3月)

ポーランド政府は2024年3月27日、Amazonのヨーロッパ本社であるAmazon EU Sarlに対し、日本円で約12億円(3185万141ズウォティ)の罰金を科すと発表しました。

罰金の主な理由の一つは、Amazonが商品を発送もしないのに注文を受注し、代金を支払わせていた悪質な行為です。

この問題の根本原因は、売買契約の成立時期を商品の受領時ではなく、商品の発送通知時に設定していたことにあります。この重要な情報は、消費者に適切に伝えられず、購入手続きの最後のページに小さく灰色のフォントで書かれているだけでした。これは「強制的な継続性」というダークパターンに該当するとされています。

また、ポーランドの競争・消費者保護庁(UOKiK)は、Amazonが「残り〇点」や「〇時間〇分以内にご注文ください」といった表示で消費者に注文を急がせる圧力をかけていたことも指摘しています。これらの期限はしばしば守られず、在庫切れによる発送遅延や、時には発送すらされないケースがあったとされます。

Amazonはこの決定に対し、控訴する意向を示しており、2023年にはUOKiKと協力して顧客体験を向上させるための自主的な修正を複数提案したと述べています。

米国連邦取引委員会(FTC)による提訴 (2023年6月)

米国FTCは、Amazonがダークパターンを用いて消費者をAmazonプライムに不当に誘導したとして、2023年6月にAmazonを提訴しました。

具体的には、「無料のお急ぎ便」や「お届け日時指定便」を選んで買い物をすることで、消費者が気づかないうちにAmazonプライム会員の無料体験に登録され、その後自動的に有料版へ移行してしまう事例が指摘されています。

これは、Amazonプライム無料体験への「悪質な誘導」や「紛らわしい情報による誘導」と呼ばれており、重要な情報が目立たない場所に記載されたり、小さく分かりにくく記載されたりする「強制的な継続性」に該当します。

これらの事例は、Amazonのような大手企業であっても、消費者の信頼を損なうダークパターンが問題視され、法的措置や規制の対象となっている現状を示しています。

ダークパターンの多様な手口

OECDが提唱する7つの類型に基づいて、具体的な手口を見ていきましょう。

  1. 行為の強制(Forced Action)
    • 登録の強制:商品の閲覧や特定機能の利用に、会員登録や不必要な範囲の個人情報開示を必須だと偽って強制します。
    • ゲーミフィケーション:サービスの特定の機能を繰り返し利用することでしか獲得できないように設定します。
  2. インターフェース干渉(Interface Interference)
    • 隠された情報:重要な情報を視覚的に見えにくくしたり、小さく記載したりします。
    • 事前選択:企業にとって都合の良い選択肢(例:メールマガジン購読、情報公開設定)がデフォルトでチェックされており、ユーザーが気づかずに同意してしまうように誘導します。
    • 誤解を招く価格表示:虚偽の高い価格からの割引価格を表示するなど、消費者を混乱させます。
    • ひっかけの質問:二重否定などの意図的に誤解を招く設問で、消費者の望まない方向に誘導します。
    • 恥の植え付け(Confirmshaming):特定の選択肢を選ばないことで、「愚かだ」「損をする」といった感情的な情報提示を行い、正常な判断を妨げます。
  3. 執拗な繰り返し(Nagging)
    • 企業にとって都合の良い行為(例:プッシュ通知のオン、位置情報追跡の許可)を、繰り返しポップアップ表示などで要請し、拒否する選択肢がないように見せかけます。
  4. 妨害(Obstruction)
    • 解約しにくい:サービス登録の容易さとは対照的に、解約やアカウント削除の手続きを意図的に複雑にし、ユーザーに手間や時間をかけさせて諦めさせようとします。
    • 価格比較困難:異なる条件や単位で商品を提示することで、価格の比較を困難にします。
    • 中間通貨:特殊なポイントや仮想通貨で価格を表示し、実際の価格認識を曖昧にさせて購入を促します。
  5. こっそり(Sneaking)
    • こっそりカートへ:ユーザーが選択していない別の商品やサービスを、いつの間にか一緒に買い物かごに追加します。
    • 隠れた定期購入:一度きりの購入に見せかけて、実際は定期購入契約に加入させる手口です。
    • 釣り餌と交換(Bait-and-switch):無料または安価な商品を提示した後、それが売り切れだと説明し、より高価な類似品を購入させようとします。
  6. 社会的証明(Social Proof)
    • アクティビティメッセージ:「今〇人のユーザーが見ています」「この商品をカートに入れています」といった、他の消費者の行動に関する通知を表示し、購入を急がせます。
    • 嘘の口コミ:誤解を招く、または虚偽の「お客様の声」やレビューを掲載します。
    • ナンバーワン表示:企業に都合の良い調査結果を基に、特定の分野で「ナンバーワン」であるかのように誇張して表示します。
  7. 緊急性(Urgency)
    • 在庫僅か:実際または虚偽の「在庫僅少」「残りわずか」といった表示で、商品の稀少性や人気をアピールし、購入を急がせます。
    • カウントダウンタイマー:「あと○分でセール終了」などのカウントダウンタイマーを表示し、時間的なプレッシャーをかけて購入を促します。

ダークパターンから身を守るための対策

ダークパターンは巧妙に設計されているため、気づかないうちに誘導されてしまうことがあります。個人、事業者、社会のそれぞれのレベルで対策が必要です。

個人でできる対策

まず、ダークパターンが存在することを認識することが重要です。

購入前の最終確認画面では、定期購入になっていないか、自分が選んでいない商品が勝手に追加されていないか、追加費用がないかを慎重に確認しましょう。

焦らせるような表示や感情に訴えかける手口に対しては、一度立ち止まって冷静に考える時間を取りましょう。

メールマガジン購読や個人情報開示に関するチェックボックスがデフォルトでオンになっていないか、画面をスクロールして最後まで確認することが大切です。

「限定」「在庫僅少」といった煽り表示に過度に惑わされないようにしましょう。

怪しいと感じた画面や、契約内容、解約時の情報が記載された最終確認画面などをスクリーンショットで保存しておくことが有効です。万が一トラブルになった際の重要な証拠となります。

社会レベルでの取り組み

各国ではダークパターンに対する法規制が進んでおり、EUのデジタルサービス法やアメリカのDETOUR法、カリフォルニア州の消費者プライバシー法などが挙げられます。日本でも、解約方法の分かりやすい表示を努力義務とする消費者契約法改正案の検討や、総務省によるスマホアプリ事業者への是正勧告、消費者庁による実態調査 など、取り組みが進んでいます。

多くの人がダークパターンの存在を知ることで、それを用いる企業の評判が低下し、企業が自ら是正努力を進めるようになることが期待されます。子供や高齢者向けの啓発動画の制作も進められています。

一般社団法人ダークパターン対策協会は、ダークパターンによる消費者被害を減らすため、「NDD(Non-Deceptive Design)認定制度」を2024年10月から開始します。これは、ウェブサイトやサービスがダークパターンによらず誠実に設計されていることを第三者が審査・認定する仕組みです。

認定を受けたウェブサイトには「NDD認定マーク」が表示され、消費者はこれを信頼できるサイトの目安として利用できるようになります。

NDD認定制度では、ユーザーからの情報を受け付けるホットラインも開設され、ガイドラインの改善に活かされます。

事業者の取り組み

ダークパターンは、表面的なユーザーインターフェースの問題だけでなく、組織の根本的な思想の問題でもあります。ビジネスのあり方や企業姿勢において、より倫理的であることが求められます。

企業で働く人々も消費者であるという視点を忘れず、「自分がされたらどう思うか」という問いを常に持ち、誠実なデザインを心がけるべきです。

短期的な売上増加のためにダークパターンを利用することは、長期的にはブランドの信頼を失う大きなリスクとなります。誠実な設計を通じて顧客との信頼関係を築くことが、持続可能なビジネスの鍵となります。

グローバルに事業を展開する企業は、韓国や欧米など、より厳しいダークパターン規制がある国の基準に合わせて運用を見直す必要があります。

ダークパターンは、現代のデジタル社会における重要な消費者問題です。私たち一人ひとりが知識と判断力を持ち、社会全体で議論と対策を進めることで、より安全で信頼できるオンライン環境を築くことができるでしょう。

被害に遭った場合の相談先と対処法

残念ながらダークパターンの被害に遭ってしまった場合、消費者が取るべき行動と相談先があります。

国民生活センターや消費者団体への相談

消費者がダークパターンによって不利益を被った場合、最終的な手段として国民生活センターや消費者団体に相談することができます

これらの機関は、消費生活に関するトラブルの相談を受け付けており、場合によっては契約の取り消しが認められるケースもあるため、重要な手がかりとなるでしょう。

国民生活センターには、定期購入をめぐる相談が2024年10月末までに約4万8000件にのぼっており、これはダークパターンの典型例とされています。

ただし、日本の法律ではダークパターンに対する直接的な包括的規制がまだ整備されておらず、すべてのケースで救済措置が適用されるわけではない点には注意が必要です。

ダークパターン対策協会も、ユーザーからの情報を受け付けるホットラインを開設しています。

消費者ホットライン(全国統一番号) 188
日本全国のお近くの消費生活相談窓口をご案内します。

証拠の保存の重要性

ダークパターンによるトラブルに遭った際、証拠を残すことが非常に重要です。

特に、購入前の最終確認画面や契約内容が記載された部分、誘導的な表示などをスクリーンショットなどで保存しておくことが推奨されます。

これにより、後でトラブルになった際に消費生活センターなどへの相談時の重要な手がかりや証拠として役立ちます。

ダークパターンの多くは、後から見返せないように設計されている場合があるため、怪しいと感じた時点で記録に残す意識が求められます。

クラッチ編集部

役所や公的機関に関連した暮らしの情報サイトを運営しています。 どこに相談したらいいか、どこに問い合わせたらいいかなど、分かりやすくまとめた記事で情報発信を目指しています。

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